発達に課題のある子どもやストレスのある大人にとって、和太鼓の何がどのようにいいのでしょうか?単にストレス解消になるという単純なことだけではもちろんありません。これまでにも専門家や研究者によって、発達障害や知的障害をもつ子どもをはじめ、情緒障害、あるいは身体に器質的な障害のある子どもや成人に対し、和太鼓を音楽療法や心理療法の観点から用いた先行研究がいくつも発表されています。1960年代末、自閉症児への心理療法に音楽を用いて効果があることを証明した山松(1984)は「発達の未熟なクライエントに対して音や音楽は、聴覚や耳からよりも全身に響くように、触覚や固有受容器から入っていくと考えられる」と述べています。これは、和太鼓の特徴である大きな動作と全身に響く振動という原初的でダイナミックな感覚が、発達に課題のあるクライエントにとって親和性が高いことを示しているといえるでしょう。加藤(1998)は「和太鼓には他の楽器にはない独特の魅力がある。子どもから高齢者まで、祭りや故郷といったイメージが膨らみやすく、何より体に直接響く音が、その場の反応につながるようである」と述べ、打楽器の中でも特に日本人にとっての有用性の高さを主張しています。また、細渕(2007)は、重度の心身障害児とのやりとりについて、「子どもの動作を受けて、大人が同じ動作を返す反響動作が重要である。(中略)太鼓を交互に打ち合うことは、他者の存在を意識させ、外界への能動性を高めるのに効果的である」と述べ、自分の打った音に相手が反応してくれたという手ごたえが、重度の心身障害児の能動性を促進するうえで重要であることを示唆しています。また、私の指導場面では、こんなことがありました。和太鼓の打ち始めは、バチを持って姿勢を整え、構えることがとても大切です。ある自閉症の子どもは、普段はゆらゆらと左右に身体を揺らすことが見られていましたが、「構え」の合図を聞くと、身体揺らしがピタッと止まり、皆と同じように構えることができました。このことから、「構え」の合図がその子の中で切り替えのスイッチとなり、太鼓の打ち始めに注意や意識を向けていることが分かったのです。

  山名(2011)は、和太鼓の有用性について、指導者の視点から、次の3つのことを明らかにしました。まず、和太鼓は正面に立ち、鏡に映ったように同じ動きを示す対面式のコミュニケーションが可能であること。このことによって、子どもはより注意を向けやすくなります。次に、動作模倣を習得の基本とすること。言葉に遅れのある子どもでも、視覚的な情報から真似をして覚えることが可能であるという点です。そして、かけ声による応援が自信のない子どもにとって心強いサポートになること。打数を数えるなど、全員でかけ声をかけ合うのは先に述べた通りです。仲間のかけ声があることで安心して打つことができ、それが支えになるため、間違えたとしても失敗感を残さないという利点があるのです。つまり、和太鼓は打つ人を選ばない、寛容で間口の広い楽器といえるでしょう。

引用文献
細渕富夫(2007)重症児の発達と指導 全障研出版部.
加藤美知子(1998)日野原重明(監修)篠田知璋・加藤美知子(編集)「楽器の応用」音楽療法入門
(下)理論編 春秋社.
山松質文(1984)障害児のための音楽療法 大日本図書.
山名利枝(2011)「心理療法としての和太鼓の可能性に関する検討―A学園和太鼓チームBにおける実践より―」
大阪経済大学心理臨床センター紀要第5号pp13〜pp29.

 
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